2/19 昨年の8月に旭川市議会に提出し、議会で説明をした陳情書です。

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    昨年の8月に旭川市議会に提出し、議会で説明をした陳情書です。

     1.学校における集団フッ素洗口を中止してください。
                                       松 下 音次郎

    旭川の全ての小学校で『集団フッ素洗口』が行われることになるという話を聞いたのは、去年の1月でした。その時、『日弁連』が『集団フッ素洗口・塗布の中止を求める意見書』を出しているということも知りました。日弁連の意見書を読み、フッ素利用に批判的な研究やその被害実例が多くあることを知りました。そして、『旭川の全ての学校』で、『集団』で行うことに違和感を覚えました。
     
    そもそも「飲んではいけないものを口に含む必要があるのだろうか」と感じました。
    そもそも「虫歯予防のためにフッ素洗口をしているという話は聞いたことがない」のに、『何故』と思いました。
    私達は、多くの化学物質、薬剤と向き合わなけれ...ば生活できなくなってしまいました。
    当初、それほど問題ないとされてきた農薬、添加物、シックハウス、喫煙なども、その原因究明が進む中で、規制が強まりました。先週、厚生省が、子宮頸がんワクチンの副作用を認め、「積極的勧奨をやめる」と発表しました。この発表にいたるまでには、運動障害などの重篤な副作用に苦しむ多くの子どもや家族と、その危険性を訴える多くの人達の長く、地道な活動が必要でした。これは、決して他人事ではありません。

    私達は、多くの化学物質、薬剤と向き合わなければ生活できなくなってしまったからこそ科学物質を体に取り込みことに、慎重になる必要があります。特に、それが子どもであるなら、その選択の責任の多くは、大人にあります。
    子どもの健康を守ることもそうですが、危険と言われる化学物質とどう付き合ってゆくかをこども達が学ぶ力をつけてもらうためです

    幸いにも、私達は、心配な薬剤を拒否することができます。「無農薬」「無添加」の食品を選んで買うこともできます。シックハウスに対応する製品も多く出回っています。「フッ素」の入らない歯磨き粉を買うこともできます。
    アレルギーなど、苦しい想いをした人達だけではなく、多少高くても、その価値を認める人達も増えてきています。それを求める人達、それに答えようとする人達の工夫や努力が、『利益優先』の企業から『子ども達を守る』社会を作る大きな力になってきたのだと私は思います。

    そういった人達の『想い』を踏みにじる無神経さを「集団フッ素洗口」に感じました。
    学校で行われていたインフルエンザワクチンなどの『集団予防接種』は「その効果がない」「学校が責任を追うべき問題ではない」として、中止されてきました。
    そんな中、『何故』あえて『学校』でおこなわれなければならないのでしょうか。
    それによって、こども達にどれだけのメリットがあるというのでしょうか。

    日弁連だけではなく、歯科医や研究者からも、「フッ素洗口の効果」には疑問が出されています。
    そもそも、虫歯は、「フッ素」でしか予防ができないものではありません。
    食事、歯の質、バイ菌の三要素の悪い点が重なると虫歯が発生するといわれています。歯の質を高めるとされるフッ素は、その3要素のひとつでしかなく、唾液もカルシウムも歯質を強くしますので、メリットがあるとしても、3要素のひとつの中のさらに、一部分でしかありません。メリットを受けたい人は、フッ素入りの歯磨き粉を使うこともできます。子どもの虫歯は減っています。学校でのフッ素洗口で「虫歯がなくなる」とは、どんな歯科医も言いません。全体の虫歯の数は調べられても、その個々人により条件があまりにも違いすぎる虫歯の予防を「フッ素洗口」によるものであるかどうかを調べることは不可能に近いし、その効果を検証することもできません。効果の検証すらできないものと「安全」を引き換えにする必要があるでしょうか。
     
    そもそも、このフッ素洗口は、学校や親から要望があり、決められたものではありません。学校や先生に「責任」が発生するものであるなら、その当事者の中で、問題点などを徹底的に議論がなされなかったことがおかしいと感じます。気がついてみたら決まっていたというのが本当のところです。そして、一度決まってしまうと、学校の中で、その是非に対する議論はできなくなっています。「フッ素洗口」を行うために不利な情報はなるべく出さないようにして、マニュアルがあるかのように「安全」ですと言うしかなくなってしまっています。

    いろんな考え方の親が居て、教師が居て、それを認め合いながら、子どもにとって本当に必要なことは何かを真剣に話し合い、その学校として何を選択するのかをそれぞれで決めてゆく、そんな姿をこども達にみせることが、その子達と関わる大人たちの責任ある姿だと感じます。「いじめ」「体罰」「登校拒否」「先生の精神的病気」等々、学校が抱える問題はより複雑に、深刻になって数十年が過ぎています。背負わなければいけない「責任」や「問題」が山済みです。給食のアレルギーで亡くなった子どもがいます。こども達の体質に配慮することが、当然の時代になってきているのです。そんな中で「しないことも選択できる程度のフッ素洗口」で、これ以上、その「責任」と「精神的負担」を増やす必要はないと私は考えます。

    こども達が「フッ素洗口」をするために使う時間はどれくらいになるのでしょう。先生が薬剤を扱ったり、フッ素洗口を希望する子としない子を把握しながら、心と体を使う時間はどれくらいになるのでしょう。そんな時間がとれるのであれば、子どもと遊んで欲しい。一緒に気持ちの良い時間を過ごしたことで得られる「信頼」こそ、今の学校の様々な問題を解決する糸口になるものだと思います。「決まってしまったことだから」と耳をふさぐことなく、「フッ素洗口」がもたらす問題点にも目を向け、『学校』で、先生達が、本来の「子どもに向き合う」仕事ができる環境をいかに作るかを考えることこそが、「議会」「地域」「親」の役割なのだと感じます。

    陳情事項 
     1.学校における集団フッ素洗口を中止してください

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