『さすらいのG』旅に出る

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     人形劇をやっている友人の息子G君が、昨夜旅に出ました。
     
    彼は、私の息子の元気と同い年20歳です。今年仙台の学校を卒業し,いろいろな就職試験を受けたのですが、残念ながら採用にいたらず、とりあえず、旭川に帰ってきました。 先日もG君の母と一緒に『らいる』にご飯を食べに来ました。「震災の時はどうだったの」と聞くと「本当に死ぬかと思いました」と言っていました。ちょうどビルの7階にいた時に揺れだし、窓から外を見て、ビルがくずれたら完全に死ぬと恐怖だったらしいです。その後も、津波の被害などを目の当たりにしたそうです。「これからどうするの」と聞くと、「仙台に居て、北海道のことを自分は何も知らないというのを痛感したので、北海道をしたい。」というので、「それはいいわ。行ったらいいよ」とそんな話をして別れました。  

     そして今日の朝、お母さんとの電話で、彼が旅に出たことを知りました。話を聞いているうちにどんどん驚愕の事実が判明してゆきました。彼は「釧路へ行く」と言って出かけたそうですが、なんと自転車で、それもママチャリに乗って行ったと言うのです。出かける前に、自転車を茶色のペンキで塗り替え、出かけたそうです。

     荷物は、リュックと寝袋と寝袋の下に敷くブルーマットだけ。そのリュックも、母が「買ってやろうか」と言うのを「親に金は出してもらわない」と言って、リサイクルショップで1000円のリュックを買って来たそうです。そして、さらになんと、そのリュックを背負い、ペンキの乾かぬ前のかごに、寝袋を入れ「朝6時に出ようと思っていたのにこんな時間になってしまった」と言いながら、夜の6時に彼は旭川を旅立ったのであります。

      「カンパだよ」とお母さんがテーブルに置いておいた1万円札はそのままテーブルに残されていたそうです。 
     お母さんに電話で「釧路に着いたら、休坂という民宿があるから、そこに行ったら良いと伝えて」言うと、「その前に凍死しなければいいけど」と言っていました。そうです。北海道は春とはいえまだまだ寒い、昨日の夜は特に寒く「冬が戻ってきたようだね」と話をしていたことを思い出しました。
      
     3月の仙台での体験がどのように彼に何かを与え、旅につながったかはわかりませんが、彼のことは『さすらいのG』と呼んで、その動向をここで追ってみたいと思いますので皆さん御注目ください。「『さすらいのG』が昨晩旭川の友達のところで1泊して、もう帰ってきちゃった」という母からの電話がないことを願いつつ・・・・・。

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