おむつなし育児

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    「おむつなし育児」の話は文化の話だとつくづく思います。
    目からうろこ!
    皆さん是非!
    日曜日の「おむつなし育児を学ぼう」の講演会の事が道新に出ました

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    ついていってみた

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      ぴっぱら通信313号より転載
      りかこ記

      ついていってみた
       Hがどんどん道を下って行く。朝からなんとなく遊びが定まらずふらふらしていて気になっていた。少し前も道路を渡って用水路を眺めていた。...
       このところ、「H〜道路に出たら危ないからやめて!」「こら〜だめって言ってるでしょ!」「H〜!!!」と大きな声を出すことが続いていた。その度にHは「わかってるって」とか「川見てるだけだって」とか、聞こえないふりをしたり、にらむような顔をしたり。危ないことはわかっている素振りを見せながらも、そんなHの反応が気になっていた。危険なことは問答無用でやらせないと思いながらも、どうやらHにはそれは通じないらしい。
       「もっとぼくを見て、真剣につきあえよ」とHのきりっとした顔を見る度に何かを突きつけられているような気がする。Hに限らず、こども達は単純な言葉だけでは納得しなかったり、気持ちが届かなかったり、耳にはいらなかったりする。
       そんなこども達と日々どうやってつき合って行こうか、最近自分の中で悶えていた。
       その日の朝は、Hには静かに「道路に出るのは車にぶつかったらどうしようって、ほんとにりかさんは心配なんだよ」と話してその場を離れた。今、坂を下りだしたHにゆっくりついていってみた。追いかけるのではなく、ただついていってみようと歩きだした。
       私に気づいたHは一瞬逃げる素振りを見せたが追いかけてこないのを知って速度をおとして歩いている。時々車を気にしながら。しばらく歩いていると、急に泣きべそをかきながら私のところへ駆け寄ってきて抱きついた。「おうちに帰りたいよ〜」とだっこされて泣くH。「そっか〜帰りたいのか〜、どうして帰りたいの?」と聞くと「ママに会いたい」という。だっこしておしゃべりしながら歩いていると、沢山のたんぽぽの中に綿毛を見つけた。
       Hは私の腕からするりと降りて綿毛を採ってふ〜っと息を吹きかけた。ぴっぱらの畑まで来ると走って次の遊びを始める。その姿を見ながら「よしよし」と心の中にそんな言葉が浮かんでいた。

       こども達一人一人と心地よく心を通わせ合いたい。言葉も大切だけれど、一緒に遊んで同じ空気や感覚を共にすることも、より大切にしていることを思い出した。怒ったり、言うことを聞かせようと必死になる関係ではないやり方で互いのやりとりができないものか、どうしたら伝わるか、まだ悶える日々は続きそうだ。

       「りかさん、おばさ〜ん」とニコニコ顔で走り去って行くはると。「こら〜まて〜」と追いかけるおばさん。まだまだ身も心も鍛えられるな〜。
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      しどろもどろながらも

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        しどろもどろながらも
        ぴっぱら通信313
        じゅんき記
         みんなでさよならをした後のこと。ひとつの洗濯バサミをめぐって、YとTがもめていた。もともとはYのものだったらしい。ところが、ひょんなことでそれを手にしたTが手放せなくなってしまったようだ。「かえしてよっ!」Yが強く迫る。Tも引くにひけなくなる。泣きだすY。だけど、それでも無理やり奪い返そうとはしないYがいて、背を向けうつむくTに、ただただ自分の想いを訴え続ける。Tは応えない。顔を覗くと、Tも泣いている。他人のものをとってしまったと、T本人、気付いている。しかし、返さなくてはいけないのかと思うと、悲しくて涙が止まらない。「返したくないんか」と僕が尋ねると、Tは黙って深く頷いた。たかだか洗濯バサミひとつ、されどそこには今、ふたりのありったけの想いが溢れている。さあ、どうしよう。
         ついにその場では和解まで至らず、Yはそのままあんぱん号に乗せられ、ぴっぱらを後にした。Yは最後、とても泣いていた。僕の中には後を引くものがあった。やっぱり無理にでも返してやるべきだったんだろうか。僕は、Tから洗...濯バサミを取り上げ、Yに返してあげることをしなかった。いや、僕にはそれはできなかった。YもTも真剣だった。ここで僕が割って入るのは、どうにも筋違いのような感じがした。ふたりの心がこの後どんなふうに動き出すのか、じっと見ていたい想いがあった。かといって、ただ傍観していればいいとも思えない。助け舟がいるのではないか、僕にいったいなにができるだろうか、ふたりの傍に身をかがめながら、ずっと揺れ動いていた。
         TがYに大事なものを返したのは、もう少し後の話だ。結局、Tは自分からそれを渡した。YもTも、いろんなことを感じて、一生懸命に考えて、あの時を過ごしていたのだろう。目の前で起こったことを、それぞれが自分なりに受け止め、消化して、前へ進もうとしていたのだと思う。僕のしどろもどろな対応とは裏腹に、彼らのそんな姿は本当にたくましい。そして、しどろもどろになりながらも、そんな彼らを信頼してひたすらまっすぐかかわり続けていきたい僕がいる。僕自身もそうやって、めいっぱい自分を生きたい。

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        夜の缶けり

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          小学生ぴっぱら通信89号から転載

          夜の缶けり
              かわごん記...

          お泊まり会では恒例となった夜の缶けり。暗くなっても、なかなかはじまらなかった。朝のミーティングでもやりたいことの一番に出ていたはずなのに、なかなかはじまらない。『ねえ、缶けりやらないの?』とスタッフに声がかかった。よしやろう‼という気持ちになれなかった。夜の缶けりは大人のやりたかったことではなく、子どもたちがやりたかったこと。『自分たちでやってみてよ!!大人がはじめないとやれないのはなんか変だ‼』ついそんな言葉になってしまった。なにかをはじめるのはめんどくさい。そこを嫌がっている気がした。『ならやらない‼』と一度は遊びをやめてしまう。しかし、またぼちぼち集まりだす。「えーやっぱりやりたい。」という声が聞こえた。どうやってやるか話し合っているようだった。いつの間にかオニを決め、缶けりをやりはじめていた。すぐに蹴られてつまらなかったり、名前がわからなくて苦労したり、でもそこからしかはじまらないと思った。しばらくして「ねえ、かわごんもやろう。」と誘ってくれた。なにやら上手くいかなかったらしい。
          よしやろう。今度は僕もやりたくなった
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          0歳からの自然なおむつはずし

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            ぴっぱら主催の「おむつなし育児に関する講演会」の事があさひかわ新聞で記事になりました。
            記事の中で午後10時からとなっていますが、誤りです。
            午前10時からです。よろしくお願いいたします。

            ●日時:2016年5月29日(日)
            開場10:00 開演10:30〜12:00

            ●場所:ときわ市民ホール4F 多目的ホール
            (旭川市5条通4丁目)

            ...

            ●料金:事前予約800円 当日1000円

            ●こんな方にお勧め!
            これからお父さん、お母さんになる方・0〜3歳の子を持つお父さん、お母さんとその家族・お孫さんのいる方
            子どもと関わることに興味のある方・保育士さん・保健医療関係者・・・・etc

            ●講師紹介 和田智代(わだ・ともよ)
              名古屋大学大学院修士号取得。保育士を経て、発展途上国の国際協力(母子保健事業)に従事。
            「おむつなし育児研究所」所長。訳書「おむつなし育児」(柏書房)共著「赤ちゃんにおむつはいらない」(勁草書房)
            実践指導「五感を育てるおむつなし育児」(主婦の友社)

            ●主催:森のようちえんぴっぱら

            ●申し込み方法 :要予約(定員96名)
            ・TEL:090-2072-6380/メール: mei0404y@gmail.plala.or.jp
            ・電話、もしくはメールにて、お名前、ご連絡先をお知らせください。
            ・お子様連れの方は、人数と月齢をお知らせください。
            ・託児はありませんが、互いに見守れたらと思っています。
            https://www.facebook.com/events/1745173929051295/
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            0歳からの自然なおむつはずし

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              娘が主催の「おむつなし育児」の講演会がありますよ

              ●日時:2016年5月29日(日)
              開場10:00 開演10:30〜12:00

              ...

              ●場所:ときわ市民ホール4F 多目的ホール
              (旭川市5条通4丁目)

              ●料金:事前予約800円 当日1000円

              ●こんな方にお勧め!
              これからお父さん、お母さんになる方・0〜3歳の子を持つお父さん、お母さんとその家族・お孫さんのいる方
              子どもと関わることに興味のある方・保育士さん・保健医療関係者・・・・etc

              ●講師紹介 和田智代(わだ・ともよ)
                名古屋大学大学院修士号取得。保育士を経て、発展途上国の国際協力(母子保健事業)に従事。
              「おむつなし育児研究所」所長。訳書「おむつなし育児」(柏書房)共著「赤ちゃんにおむつはいらない」(勁草書房)
              実践指導「五感を育てるおむつなし育児」(主婦の友社)

              ●主催:森のようちえんぴっぱら

              ●申し込み方法 :要予約(定員96名)
              ・TEL:090-2072-6380/メール: mei0404y@gmail.plala.or.jp
              ・電話、もしくはメールにて、お名前、ご連絡先をお知らせください。
              ・お子様連れの方は、人数と月齢をお知らせください。
              ・託児はありませんが、互いに見守れたらと思っています。

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              身を乗り出す瞬間 じュんき記

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                ぴっぱら通信310号から転載
                       
                身を乗り出す瞬間 じュんき記

                心とからだをたくさん動かすと、なぜだろう、ふしぎと気持ちがいい。ああかな、こうかなって考えてみて、自分で思ったとおりにやってみることって、それだけでなんだかおもしろい。“自分”を活かせることは、元来、人として生きる喜びにつながるんじゃないかとさえ思う。木登りをしても、お絵かきしても、トンカチ握っても、包丁持っても、みんな、まずはひととおり自分でやりたがる。せっかく“やる気”をもってやってみようと思ったことを、どんどん実際にもやってみてほしいと僕は思っている。それを体験していく日々の営みを、ひとりひとりと育み合っていきたい。...
                こどもたちをよく見ていると、生活面でも、身のまわりのことを自分からやろうとしている様子を垣間見ることは、意外とたくさんある。ところがそんな時、大人が先回りして手を差し伸べてしまうことで、逆にその子の“やる気”をくじいてしまうことだってある。たとえば着替えを「やって〜」と頼まれて、そのまま脱がせて着せてのすべてをまるごとやってあげてしまうことは、僕もよくやりがちだ。けれど、その最中でさえ、その子がふいにズボンの裾に手をかけようとするようなタイミングがある。そんな時はそっと世話する手を止めて、ちょっと待ってみる。ほかにも、すぐには引き受けてしまわず、少し促してみると自分でやりはじめる子や、大人といっしょにならやる気を持てるようになる子もいる。その子がみずから“自分”をつかおうと身をのりだす瞬間を、僕は安易に奪ってしまわないように気をつけたい。


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                “わたし自身”をとりもどす

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                  小学生ぴっぱら通信87より転載

                  写真は4月16日の小学生ぴっぱら

                  “わたし自身”をとりもどす
                          じュんき記

                  小学生のころは、僕も普通の公立小学校に通っていた。そこから受けた影響は、とても大きかった気がする。楽しいこともいっぱいあった。基本的には学校ライフを楽しんではいたと思う。けれど、今になって思えば、先生の顔色を気にしたり、成績の善し悪しに優劣を感じたり、随分と学校の枠組の中の“よい子”“わるい子”に捕われて生活していたんだなあと、びっくりすることがある。カリキュラムがあって、校則があって、テストや通信簿での評価があって、家に帰れば膨大な宿題と奮闘する日々。けれど当時は、それが当たり前だと疑う余地さえなかったし、枠の外のことなんて考えたこともなかった。先生の言うことをきかないあの子はいけない子だとか、学校に来ていないあの子はかわいそうな子とだか、自分で考える前に、そう決めつけていたところが、少なからずともあった。
                  だけど、学校社会の只中にいたとしても、「学校はこう言っているけど、僕にはあんまりわからない」とか、「先生はああ言っているけど、私はこう思う」とか、“わたし自身”を心の主軸に置いて考え、選びとって生きていくこと、そういうふうにして、学校とも付き合っていくことができればいいなと、僕は感じている。もちろん、学校に限らず、家族、友達関係でも同じようなことが大切なんじゃないかと思う。
                  小学生ぴっぱらに来てくれるこどもたちを見ていると、毎日、楽しいことも、しんどいこともいっぱいあって、その中で彼らなりに、日々、立派にやっているんだなあとつくづく思わされる。そんなみんなと過ごすここでの時間が、ひとりひとりにとって“わたし自身”をとりもどすためのひと時となればいいなあと願っている。それは本当に何気ないことから始まる。ちょっと立ち止まって一息ついてみること。風にでもふかれてみること。わくわくしたことをとにかくとことんやってみること。おもいっきり笑ったり、泣いたりすること。そのひとつひとつを大切に肌で感じ合いながら、僕も傍にいて、いっしょにできることを見つけていきたい。新たに始まるこの一年、どんな出会いが待っているのだろう。
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                  いっしょにおってくれんか

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                    いっしょにおってくれんか

                     ぴっぱら通信309号から転載
                          じュんき記...

                    「さ、“おはよー”やるよお!」 掛け声とともに仲間たちがぞろぞろと小屋に集まってくる。毎朝の“おはよーミーティング”。唯一この時間は、大人もこどももみんなでそろい、腰を下ろす。一日を共に過ごすメンバー同士の顔合わせがあって、全体へのお知らせなんかもするんだけど、僕は、ひとや自分自身と向き合う“出会いの場”だと思っている。そういう意味では、お母さんたちとやっている「おはなし会」や「イマココ」と同じような感覚でいるかもしれない。だから、ただ座らせることや、それがいずれできるようになることを目的とはしていないし、たとえば「ミーティングに出たくない」とかいう気持ちも「そっか」と思う。とはいえ、やっぱりそんな子ともいっしょにこの時間を愉しみたい僕がいて、そんな互いの気持ちの折り合い処をいっしょに探すところから、すでに“出会い”が生まれているかんじがする。
                     こないだなんかは、泥こねをしていたSとNを結局外に残して、僕はひとり小屋に戻った。これでいいんだろうか…そんな迷いも正直あった。ふたりに「なあ、いっしょにおってくれんか。俺、NともSともこの時間いっしょに過ごしたいんよ」まっすぐ体を向けて伝えた。怒っているつもりはなかったし、責めたいわけでもなかった。ただ、自分の気持ちをちゃんとふたりに聴いてもらいたかった。それに対して、二人は、うつむいたまま「…だってあそびたいんだよ」とちいさく応えた。俺の想いは届いてる…でも、それでもあそびたいんやな… そんなふうに感じて、ふたりのことをもう少し待ってみたくなったのだ。たとえばそんな時だってある。もちろん、イヤなら別にいいなんてそんなふうには思っていない。一歩も引きたくない時もあるし、だっこしてつれてく時もある。それを決断するのは、その瞬間そこにある“出会い”のカタチ次第だ。ただ、ひとりよがりにはなりたくない。ひとりひとりをよく感じること、心がかよい合うことを互いに愉しむような時間を、みんなといっしょにつくっていけたらとっても嬉しい。
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                    子ども渡し

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                      森のようちえんぴっぱらのはじまるよ〜の会
                      ぴっぱらはじまるよ〜の唄
                      りかこのあいさつ
                      森の神様と子ども達による点火式
                      家族紹介
                      スタッフ紹介
                      子ども渡し
                      集合写真
                      もちつき大会
                      オリエンテーションという名のみんなの気持ちを共有するお話し会

                      天気にも恵まれ、たのしい『はじまるよ〜の会』を終わりました。
                      来週のぴっぱら通信の原稿のために書いた文章をどこよりも先に
                      ここに載せます。

                      おとじろう記

                      ぴっぱらの『はじまるよ〜の会』の中で行われる恒例の『子ども渡し』が大好きです。
                      林の中で、大人達が自分の子どもを抱いて環になります。
                      その後、軽快な音楽(今年はパプアニューギニアのレゲェ風音楽)と共に、時計回りに子ども達を渡してゆきます。
                      最後に、自分の子どもが戻ってきた所で終わります。
                      始めた最初の年は、何が起こったかわからなくて泣きさけぶ子ども達が続出!
                      泣きながら渡される子ども達を一時の触れ合いを楽しみながら渡してゆく大人達の笑顔はとても素敵です。
                      去年泣き叫んでいた子ども達が、今年は自ら笑いながら身をあずけてきます。
                      それを見た時に成長を感じました。
                      子どもが泣き叫んでいるのに、無理に何かをすることは少ないぴっぱらですが、時にこういうことも大事と思います。
                      一人一人の子ども達のぬくもりを感じながら挨拶をする『子ども渡し』が終わった後のなんとも言えない一体感は、泣きながらでもきっとわかる時が来るんだろうと思うのです。
                      大人になっても、そんな感じを身体が覚えていてくれればと強く感じるそんな『子ども渡し』が、私は大好きです。

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